大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和41年(ネ)2726号 判決 1971年12月22日

控訴人 太洋海運株式会社

控訴人 西川正一

右控訴人両名訴訟代理人弁護士 安富東一

被控訴人 宗村真一

右訴訟代理人弁護士 大石五郎

右訴訟復代理人弁護士 志村桂資

主文

原判決を取消す。

東京地方裁判所昭和四一年(手ワ)第二、六八四号約束手形金請求事件の手形判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

<全部省略>

理由

一、控訴人らが本件手形を共同して振出したことは、手形要件のうちの、支払期日、振出日、受取人の点を除いて当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、「本件手形は、控訴人らにより、訴外亡神田清に対し、支払期日、振出日、受取人を白地とし、右訴外人に右白地を補充する権限(補充権)を付与のうえ、振出された手形であるところ、訴外神田ツル子において、支払期日を昭和四一年六月一一日と、振出日を昭和四〇年一月五日と、受取人を竜商工株式会社とそれぞれ補充したものであること(右補充権行使の当否はしばらく措く)。」が認められ、右認定に反する当審証人神田ツル子の証言(第二回)の一部は措信できず、他に右認定を左右する証拠はない。

そして被控訴人は本件手形を書証(甲第一号証の一)として振出しているから、同人が右手形を所持していることが明らかであり、前記甲第一号証の一によれば本件手形には裏書人を受取人の竜商工株式会社、被裏書人を被控訴人とする裏書がなされていることが認められるから、手形法第七七条第一項第一号、第一六条第一項により被控訴人は本件手形上の権利者であると一応推定される。

二、つぎに、控訴人らの「本件手形が振出された原因関係上の債務の弁済により、右手形金債務は消滅した。」との主張について判断する。

1.<証拠>に弁論の全趣旨を参酌すれば、「控訴人らと神田清とは、東京地方裁判所昭和二三年(ワ)第三、六三〇号借地権確認土地明渡請求事件および東京高等裁判所昭和三四年(ネ)第三、〇八二号同上控訴事件の共同当事者であったこと、控訴人らは、神田清において訴訟の相手方と通じて控訴人らに不利な行動に出るのをおそれ、神田清に求められるまゝに、昭和三八年三月~四月ごろ、同人が右訴訟に協力したことに対する謝礼金の名目で、同人に対し、一〇〇万円を毎月五万円宛二〇回の分割払の方法により支払うことを約し、右謝礼金の支払を担保する目的で、金額一〇〇万円、支払期日、振出日、および受取人白地の約束手形一通を作成してこれを同人に交付したこと、そして、控訴人らは、右支払のため小切手二〇通(金額各五万円)を昭和三八年四月から同三九年一〇月の間にほぼ毎月一通の割合で順次振出し、神田清は同人の名義で右各小切手金を受領し、もって前記謝礼金の支払は完済されたこと。」が認められる。

2.<証拠>によれば、「神田清は昭和三九年一〇月一二日死亡したものであるところ、同人の妻神田ツル子は右清の遺した書類の中から控訴人ら振出の本件手形(白地補充前のもの)および小切手数通を発見したこと、右ツル子は、右清の生前同人からその取引関係をほとんど知らされておらず、わずかに控訴人西川に金員を用立てていることを聞き及んでいたので、控訴人西川に面会し神田清との取引関係を尋ねたこと、これに対し控訴人西川は、自己が代表取締役である訴外太洋ビル株式会社の従業員に、控訴人西川らが神田清に差し入れていた手形小切手の明細を記載したメモ(甲第三号証)を作成させ神田ツル子に交付したが、右メモの記載は同女が発見した前記手形類と大略一致していたこと、なお、同女はその場では控訴人西川と右手形小切手の支払につき別段話合いをしなかったこと、そして、右メモには、小切手三通の記載に続けて、『日付三九・一一・八、金額一〇〇万、支払場所東京都民銀行、約手、日付記入なし、摘要三八・三・九借入』と記載されていること。」が認められる。

3.<証拠>によれば、「昭和四〇年三~四月ごろ、弁護士野村高助は神田ツル子から本件手形(白地手形)の手形金支払請求の交渉を依頼され、控訴人代表者西川正一に対し右手形金の支払を求めたところ、同人は、『右手形は謝礼金支払担保のため神田清に差し入れた手形であるが、謝礼金は毎月五万円宛の割賦で全部支払済みである。手形は当然返却してもらうべきものであったが清が死亡したため受戻していないものである。』と答えて本件手形金の支払を拒絶したこと。」が認められる。

4.<証拠>によれば、「前記1に認定の謝礼金の分割払は昭和三八年四月から同三九年一〇月の間に二〇回にわたってなされているが、昭和三八年八月にかぎり一月のうちに二回支払がなされているので、右の変則的支払がなく全期間を通じ毎月一回の割合で支払がなされたとすれば、右謝礼金の支払が完了する時期は昭和三九年一一月となるべかりしものであったこと。」が認められるところ、前記2に認定の約束手形についての記載を、「日付(支払期日および振出日)を白地として振出された、金額一〇〇万円の約束手形であって、その振出日は昭和三八年三月九日であり、支払期日は昭和三九年一一月八日と記載されるべき手形」の意味であると解すると、右支払期日は振出日から起算して二〇ヵ月後にあたり、しかも右は、前記の謝礼金が支払われるべかりし期間の始期および終期に符合し、金額においても手形金と謝礼金の総額が合致していることが認められる。

そこで、右に認定した1ないし4の事実を総合して考えれば、「神田ツル子が神田清の死後同人の遺した書類の中から発見した本件手形(白地手形)は、控訴人らが右清に対し支払を約した前記1に認定の一〇〇万円の謝礼金の支払を担保する目的で振出された金額一〇〇万円の手形であるところ、右謝礼金債務は昭和三九年一〇月一〇日までに完済され、したがって本件手形金債務も消滅した。」と認めるのを相当とする。当審証人神田ツル子の証言(第二回)中には、「本件手形は、神田清の死亡後いわゆる書替手形として控訴人西川から数回届けられた手形のうちの最後の半形であって、その受領の日は昭和四〇年一月五日である。」との供述部分があるが、右供述部分は同証人の証言(第一回)および当審証人野村高助の証言に対比すると到底措信することができない。また、前認定の結果からすれば、前記第三号証(メモ)中の手形についての記載は本件手形についての記載と認めるべきこととなるところ、既にみたとおり右記載の「摘要」の項は「三八・三・九借入」となっているので、右記載は本件手形が借入金すなわち消費貸借上の債務の支払を担保する目的で振出された手形であることを示しているものと解されないでもない。しかし、右甲第三号、当審証人野村高助の証言および当審における控訴人代表者西川正一の尋問の結果を総合すれば、「控訴人西川は神田清から金員の融通を受け、その支払確保のため支払人を常盤相互銀行(本件手形の支払場所は東京都民銀行)とする小切手を振出していたこと、右小切手は借受金の弁済期を延期する目的で書替がなされてきたものであるが、前記メモ(甲第三号証)には書替の日に借入がなされた趣旨の記載がなされていること、右メモの記載上、小切手については摘要欄の借入の日(神田清の生前における最終の書替小切手が現実に振出された日を示すと解される。)と日付欄の日(先日付で振出された小切手に記載されている振出日を示すと解される。)との間隔は二一~二二日または五六日であるのに、手形については、その振出日と支払期日を示すと解される各日付の間隔が満二〇カ月存すること。」が認められ、右認定の事実と当審における控訴人代表者西川正一の尋問の結果とをあわせ考えれば、甲第三号証の摘要欄の手形に関する部分に小切手と同じく「借入」と記載されていても、右は前認定の神田清に対する謝礼金が控訴人らの経理上借入金の支払として処理されたことを推認させるに過ぎないというべきであるから、右記載の存在は前記認定をなんら妨げるものではない。そして他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そして、右認定の本件手形上の権利の消滅は、振出人である控訴人らと受取人である神田清との間において理由のある抗弁であるから、控訴人らが右抗弁をもって被控訴人に対抗しうるためには、手形法第七七条第一項、第一七条但書により所持人が「債務者を害することを知って」手形を取得したものでなければならないので、すゝんでこの点を判断する。

まず、右の「債務者を害することを知って」の意義につき考えるに、前記手形法第一七条但書の法意が手形取引の安全の確保を目的とするいわゆる人的抗弁の制限と手形債務者保護との調和にあることに鑑みれば、「債務者を害することを知って」とは、「満期において手形債務者が、所持人の前者に対し抗弁を主張することが客観的に確実であると認識して」の意味であると解すべきである。

そして、<証拠>に弁論の全趣旨を参酌すれば、「神田清の死亡により開始された相続における相続人は妻神田ツル子長女館岡スガ子、二女伊藤ミワ子の三名であったから、本件手形上の権利は右相続人ら三名により承継取得されたこと、右清の遺産については右ツル子が中心となってその整理にあたったが、同人は清の生前その経理面を担当していた被控訴人に一切を相談し、同人において相続財産の調査、相続税の申告等の事務処理をなしたこと、訴外野村高助弁護士は、昭和四〇年三~四月ごろ、神田ツル子の依頼に基づき控訴人らに対し本件手形金の支払を求めたところ、『右手形は別件訴訟に関連して支払を約した謝礼金の支払担保の目的で振出された手形であるところ、右謝礼金は全額支払済みであるから本件手形は返却されるべきものである。』として手形金の支払を拒否されたので、控訴人らの右主張をそのまゝ神田ツル子、および被控訴人に伝達したこと、さらに同弁護士は、同年五~六月ころ、神田ツル子の依頼で控訴人らに対し本件手形金の支払つき示談交渉を試みたが、控訴人らは『本件手形に関しては名目のいかんを問わず支払請求には一切応じない。』と答えたので、その旨神田ツル子および被控訴人に報告したこと、そして神田ツル子ら前記相続人ら三名は、同年一〇月ころ被控訴人に対し、同人が前記事務処理をなしたことの報酬を支払う手段として、本件手形を引渡の方法により譲渡したこと、なお、神田ツル子と被控訴人は、本件手形の受取人を竜商工株式会社と補充するとともに、同会社を裏書人、被控訴人を被裏書人とする裏書記載をなし、本件手形面上、あたかも訴外竜商工株式会社から被控訴人に対し本件手形の裏書譲渡がなされたような形式を作り出したこと。」が認められ、右認定に反する、当審証人神田ツル子の証言(第一、二回)および当審における被控訴人本人尋問の結果の各一部はいずれも措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の結果に照らせば、「控訴人らは、本件手形が支払のため呈示されれば、右手形上の権利が既に消滅したとの前記抗弁を、相続により神田清の地位を承継した神田ツル子ら相続人らに対し主張できたものであること、そして、被控訴人は、右ツル子らと控訴人らとの本件手形金の支払をめぐる交渉の経緯を熟知し、控訴人らが右抗弁を主張することが客観的に確実であることを認識しながら前記相続人らから本件手形を譲受けてその所持人となったものであること。」が明らかであるから、控訴人らは、本件手形上の権利が消滅したことをもって、被控訴人らに対抗できるものというべきである。

三、そうすると、控訴人らのその余の抗弁につき判断するまでもなく、控訴人らに対し本件手形金の支払を求める被控訴人の本訴請求は理由を欠き失当であることが明らかである。

よって、右と結論を異にする原判決は不当であって本件控訴は理由があるから、民事訴訟法第三八六条、第四五七条第二項により原判決および原判決が認可した手形訴訟の判決を取消して被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法第九六条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅賀栄 裁判官 川添万夫 秋元隆男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例